日本が世界に誇るスーパースター井上尚弥が、特別なファイターであることは誰もが知るところだ。東京ドームでの一戦で、彼がさらに特別な存在であることに気付かされた。
5月6日(月・祝)、『モンスター』はそのキャリアで初めて、完璧なダウンを奪われた。2階級を制覇してきたサウスポーのメキシコ人、ルイス・ネリは第1ラウンド、鋭い左フックを井上の顎にヒットさせ、東京ドームのリング上に這わせた。
だが、時間をとって立ち上がると、井上はこのラウンドの残りを乗り切り、第2ラウンドまでのインターバル1分間で頭の中を整理した。そして、ネリの左に対して即座に必要なアジャストをすると、井上はおもむろに反撃へと出ていった。
バン! 第2ラウンド。左フックでネリからダウンを奪う。
バン! 第5ラウンド。またしても左フックでネリをダウン。
バン! 第6ラウンド、素早い右ストレートの連打でネリを倒して決着をつけた。
近代ボクシングの歴史で最も偉大なボクサーによる見事な戦いぶりだった。
名門誌『The Ring』(リングマガジン)出身の本誌格闘技部門副編集長のトム・グレイはそう断言する。ここでは、グレイが最新のPFPランキングで頂点に昇りつけた井上尚弥の評価について総括する。
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■Mr.グレイが語る、井上がクロフォードを超えたといえる理由
井上は、現在のPFPで世界最高峰のファイターである。
昨年7月の段階では、私はテレンス・クロフォード(アメリカ)が世界最高のファイターであるとして論じ、世間の「チーム井上」から反論を受けた。私の選択にはもちろん理由があった。クロフォードがエロール・スペンスJr.(アメリカ)を圧倒した試合の方が、井上がスティーブン・フルトン(アメリカ)を倒した試合よりも印象的だったからだ。
12月、井上がマーロン・タパレス(フィリピン)を破り、スーパーバンタム級のアンディスピューテッド・チャンピオンになった時にもまだ、私の中では、井上がウェルター級(その後すぐにスーパーウェルター級となる)のアンディスピューテッド・チャンピオン、クロフォードを上回っているとは思えなかった。
だが今、井上はその強さにさらに磨きをかけた上、新たな側面も見せた。殿堂入りクラスの日本のスターは27勝目にして、KOパンチを喫しても相手を圧倒できる力があることを証明した。井上が(ネリにキャリア初の)ダウンを奪われたのは結局のところ、彼がさほど優れたボクサーではないからだという残念な意見も目にするが、それは少し短絡的すぎるだろう。
多少の例外を除けば、世界レベルで戦うどんなに優れたファイターでも、そのキャリアの中でダウンを喫することになる。
モハメド・アリ(アメリカ)はチャンピオンになる以前、ソニー・バンクス(アメリカ)やヘンリー・クーパー(イギリス)にダウンを奪われている。シュガー・レイ・レナード(アメリカ)は1984年にケビン・ハワード(アメリカ)とのファイトでダウンを喫した。井上はスーパーバンタム階級で、自身と並ぶ屈指のハードパンチャーのネリを相手にダウンを喫した。
そして、この3人のチャンピオンに共通するのは、3人ともに「そこ(ダウンを奪われて)からKO勝利を収めた」ことだ。それこそが優れたファイターの証と言える。
東京ドームでのこの一連の展開は、井上の伝説の1ページとなった。私はこれまで何度も『モンスター』はスピード、パワー、テクニックが完璧に組み合わさった選手だ、と言ってきた。その資質に加えて、井上には最高の戦う姿勢、ハートがある。さらにもうひとつ、井上を推す理由としては、井上がPFPのライバルであるクロフォードと比べて多くのファイトを行なっているということだ。
■クロフォード、ウシクを大きく上回る井上の試合のペース
2020年代に入って、クロフォードは世界戦で4勝0敗の成績を残している。スイッチヒッターのアメリカ人ファイターが、スペンス戦でキャリア最大の勝利を収めたことは間違いない。だが、彼の試合のペースは驚くほどに遅い。同じことはヘビー級の統一王者オレクサンドル・ウシク(こちらも4勝0敗)にも当てはまる。だた、ウシクの場合は、母国ウクライナで続く戦争も大きく影響している。
一方の井上は、2020年以来、世界戦で8勝0敗、この間に2階級でアンディスピューテッド王者となり、各階級でのトップクラスのファイターたちを倒してきた。しかも、どの対戦相手も判定まで持ち堪えることはできず、井上が失ったラウンドは数えられるほどしかない。
井上のPFPでのトップの座は、ウシクが5月18日(土)のタイソン・フューリー戦に勝てば、短命なものに終わるかもしれない。それでも現時点では井上こそがトップの座にふさわしい。彼は素晴らしいボクサーであり、世界中のボクシングファンは、彼がここまで上り詰めてきた過程を見られたことを幸運に思うべきだろう。
※この記事はスポーティングニュース国際版の記事を翻訳し、日本向けに一部編集を加えたものとなります。翻訳・編集: 石山修二(スポーティングニュース日本版)