今シーズンのF1に、アルファタウリから出走予定のニック・デ・フリース。F1での道が閉ざされたかに見えた彼が、昨年のイタリアGPに急きょ出場して結果を残したことで、一躍今季のルーキー勢で注目の的となっている。
F1公式サイトでも「ダークホースになり得る」と注目されているほどだが、このほど公開されたF1公式ポッドキャスト「Beyond The Grid」で、緊急デビューの舞台裏や新たなチームメイト・角田裕毅について話す場面が見られた。日本のF1に対しても今後注目となるであろう、デ・フリースについて紹介しておこう。
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F1デビューをなかなか果たせず
かつてはF1に参戦するマクラーレンの育成ドライバーとしてキャリアを歩んできたデ・フリース。フォーミュラ・ルノーやGP3シリーズ(現・FIA F3選手権)で上位の成績を残して着実にステップアップを果たし、2019年にはFIA F2選手権のチャンピオンとなった。ただ、そこからの巡り合わせにはなかなか恵まれてこなかった。
2019年のタイミングでメルセデスからフォーミュラEへの参戦も始めていたデ・フリースは、F1でもそのままメルセデス陣営に入って過ごすこととなる。ところが、この時期のメルセデス勢は育成ドライバーにシートを割ける状況になく、加えて、メルセデスのパワーユニットを使用するレーシング・ポイント(現・アストンマーチン)やウィリアムズのシートも空いておらず。さらに言えばウィリアムズは、F2でしのぎを削った間柄であるニコラス・ラティフィがレギュラードライバーに昇格し、デ・フリースの存在は宙に浮くこととなった。
F1のシートを手に入れられなかったデ・フリースは、メルセデスのテストドライバーやリザーブドライバー、あるいはWEC(FIA世界耐久選手権)のドライバーとしてキャリアを過ごすこととなった。この間もドライバーの入れ替えが各チームで起きていたものの、デ・フリースはシートをつかめず。逆にミック・シューマッハやニキータ・マゼピン、角田、周冠宇など、F2の後輩たちが次々にF1へとなだれ込んだのだ。
2021年にはフォーミュラEでもチャンピオンになり、WECではトップコンテンダーであるトヨタのテストドライバー・リザーブドライバーなども経験していく。ただ、F1でのレースデビューの具体的な話が浮上することだけはないまま、2022年を迎えていた。
F1のレギュレーションにより、F1でのレース経験がないルーキードライバーの走行が義務づけられていることから、時折メルセデス系の各チームからフリー走行に出走していたデ・フリース。ただ、この年のフランスGPにおいて、メルセデスのトト・ウォルフチーム代表が「彼に魅力的なF1のプロジェクトを与えられないならば、彼を手放す必要があると思う」と述べるなど、F1参戦に向けて手詰まり感を思わせるようなコメントが出ていた。
より若い才能を試す…という傾向がある近年のF1において、当時のデ・フリースはすでに27歳。同世代、あるいは彼より若い世代のドライバーがすでにF1に乗り込んでいる、というだけでなく、彼自身のWECやフォーミュラEでのキャリアが順調に進んでいるという状況で、このままF1には挑めないままのキャリアを送る…そんな見方が出てもおかしくはない時期にさしかかっていた。
転がり込んだチャンスを一発で活かす
ところが、縁はどこに転がっているかが分からないのがF1の世界である。2022年のイタリアGPのこと、ウィリアムズの正ドライバーであるアレックス・アルボンが虫垂炎ににかかって欠場を余儀なくされ、シートが突然空いたのだ。
しかも、この年のスペインGPのフリー走行ですでにウィリアムズのマシンでの走行経験もあったことで、チームの事情も理解しているうえに、さらに言えばシート合わせなどの時間もある程度は短くできる(実際には細かい合わせ込みが必要だった関係で、セッション中も突貫工事が行なわれた)。レーシングスーツなど、必要な用具もすぐに手配できる。なによりこれまでの実績から、もっとも重要なライセンス上の懸念もない。いくつものハードルがすでに越えられた状況でやってきた「偶然」が、彼の扉を開いたのである。
FP3から突然のデビューとなったのだが、デ・フリースはこの偶然を活かしきったのだ。初走行となったFP3でチームメイトのラティフィに0.1秒差のタイムで肉薄すると、予選でラティフィを上回ってQ1突破に成功する。決勝も終盤に多発したライバルのリタイアに助けられ、9位でフィニッシュして、初レース初入賞を記録。苦戦が続くウィリアムズに貴重なポイントを持って帰ってきたのだ。この鮮やかな活躍で、イタリアGPのドライバー・オブ・ザ・デーもゲット。ファンからもそのドラマチックさが認められた格好だった。
このレースでのことを、先述した「Beyond The Grid」にて話したデ・フリース。幼少のころから腕を磨き合ったマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が励ましてくれたことを明かしている。同じオランダ人ドライバーということもあり、かねてから交流はあったというが、フェルスタッペンの方が年下で、さらにものすごい速さでキャリアアップを果たしていたこともあり、同じレースで戦うのは、実はこのときが初めてだったという。
当然、この活躍をF1界が見逃すはずがなく、彼が2023年にF1に参戦できるのか、という話題が一気に過熱する。ところが彼の所属元であるメルセデスは早々にルイス・ハミルトンとジョージ・ラッセルのコンビ続投が決まっていたため、空きは無し。メルセデスのパワーユニットを使用するマクラーレン、アストンマーチンも同様で、ウィリアムズもローガン・サージェントなど、自チームが手がける育成ドライバーたちがF1デビューを目指した戦いの真っ只中にあり、スピーディーな結論を出せない状況にあった。
アルファタウリの切符を手にして
ほかの陣営、とりわけアルファタウリも2023年のドライバー選定に頭を悩ませていた。すでに2023年の継続参戦が決まっていたはずのピエール・ガスリーの離脱がささやかれ始め、この時点では角田の契約延長も発表されていなかった。レッドブル育成ドライバーのリアム・ローソン(今季は日本のスーパーフォーミュラに参戦)のF1でのポテンシャルも未知数…というなかで、デ・フリースはすでにF1の実戦で速さを示していたことは大きなアドバンテージだっただろう。
こうして、今季のアルファタウリはこの遅咲きのルーキーを迎え、角田とともに逆襲のシーズンを送ることを選んだ。ちなみにBeyond The Gridでは角田について触れ、「初めてチームメイトの方が背が小さい(註:デ・フリース167cm、角田160cm)」とジョークを交えた。ただ、このジョークは真面目にとらえることもでき、実はアルファタウリチームにとっては利点にもなるのだ。
チーム内で2人のドライバーの体格差が小さいことは、体格差にともなうマシンそのものへの加工や、それにともなって発生する重量バランスの変化など、マシン特性の差を2台のあいだでできるだけ小さくできることを意味する。移籍したガスリー(177cm)と角田ではやや身長差があったため、そうした労力も必要ではあったのだ。ニューマシン「AT04」の素性をより引き出すことにも役立ってくるだろう。
F1の世界に遅れてやってきた男、デ・フリースが、どのようにF1ファンに印象を残してくれるか、今から注目といえるだろう。
オフシーズンも随時コラム更新
スポーティングニュース日本語版では、オフシーズンもF1にまつわるコラムの更新を予定している。来シーズンに向けた話題や、過去のF1にまつわる雑学的なもの、F1初心者という方から、玄人の皆さんでも思わず頷くような内容まで幅広く取り扱う予定だ。ぜひオフシーズンの楽しみとしていただきたい。