“SNS断ち”したボクシング世界ヘビー級王者:ソーシャルメディアとメンタルヘルスの影響と関係についての心理学的推論

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Tyson Fury
(Mikey Williams/Top Rank Inc via Getty Images)

近年、SNSや動画配信などのソーシャルメディアはアスリートが自分自身の知名度を高めるツールとなってきている。イベントの宣伝、ファンとの交流、あるいは単純に楽しみのため、ソーシャルメディアは活用されている。現代ボクシング界の顔役のひとりであるタイソン・フューリー(英国)もソーシャルメディアで非常に活発であることで知られてきた。

フューリーは4月23日(日本時間24日)に英国のウェンブリー・スタジアムで行われるディリアン・ホワイト(英国)とのWBC世界ヘビー級王座防衛戦に臨む。饒舌で知られるフューリーは、これまでにもホワイトやアンソニー・ジョシュア(英国)らライバルたちをソーシャルメディア上で挑発してきた。練習中であっても、大声で喚くことが多かった。それが対戦相手に関することであるときもあれば、ボクシング以外のことに関するときもあった。しかし、ホワイト戦に向けたキャンプに集中するため、フューリーはソーシャルメディアを遮断することを決めた。

「私はこれからの8.5週間、ソーシャルメディアから完全に離れます。これからトレーニング・キャンプに入ります。ディリアン・ホワイトに最大限の敬意を表するためです。私はこれから、彼がモハメッド・アリであるかのように、私がブルース・リーであるかのように、このキャンプに臨みます。私はこれまでにどんな相手も見くびったことはありません。現在WBC世界ヘビー級のランキング1位であり、挑戦者である彼に相応しい敬意を払うつもりです」とキャンプ入り直前のフューリーは言った。

「どうぞ、私に電話もメールもテキストメッセージも送らないでください。どのような形であっても、私に連絡しようとしないでください。私は5月になるまで、誰とも話をしません。皆さんとは記者会見で会うことになります。そして私はトレーニングに専念します。どうか私のプライバシーへのご配慮をお願いします。もうすぐ記者会見で会いましょう」

以降、フューリーが沈黙を破ったのは1度しかない。そこではフューリーはホワイトをノックアウトで破ると宣言した。ホワイトはオンラインで行われた記者会見に出席した以外は、この1戦の宣伝にまったく関わっていない。ソーシャルメディアを使ってすらいないのだ。こうやってソーシャルメディアをオンオフすることはフューリーのブランド戦略であるようだ。

フューリーが今回ソーシャルメディアを遮断したのはなぜか。それは単純に雑音を遠ざけるためだろう。同じように、ジョー・バロウ(米国、NFLシンシナティ・ベンガルズのクォーターバック)はスーパーボウル56を前にした週からソーシャルメディアを遮断した例がある。

米スポーティングニュースのカリサ・マクスウェル記者は、スポーツ心理学者のマイケル・ジャーベイス博士から話を聞いた。博士はフューリーとバロウが大一番に臨む際に周囲からの連絡を絶つ戦略について、いくつかの考えを聞かせてくれた。

「いくつかの意図が考えられます。最初の理論は”信号対雑音比 (signal-to-noise ratio)”と呼ばれます。人が何かを成し遂げようとするとき、信号を受け取ろうとします。そのときに雑音は可能な限り消さなくてはいけません。多くの場合、ソーシャルメディアは雑音なのです。私たちは他の人にどう思われているかを気にし過ぎて、それに振り回されています。それが段々と心理状態に悪影響を生み出していくのです。信号はいつも突然現れます。その瞬間を逃さないためには集中力が何よりも大切なのです。雑音に気をとられていると、それはとても難しくなります」とジャーベイス博士は言った。

ジャーベイス博士はさらにアスリートにとってソーシャルメディアからの雑音に対応するのは困難になるときがあるとも述べた。自分自身を取り巻くネットワークをコントロールする方法を学ばなくてはいけない。

フューリーは2008年にプロデビューした。イングランド、イギリス、ヨーロッパ、そしてコモンウェルス連邦のヘビー級チャンピオンを経て、2015年にウラジミール・クリチコ(ウクライナ)を破り、WBA、IBF、WBO、IBO、そして、ボクシング名門誌The Ringの王座を獲得したことで名を馳せた。堂々たるチャンピオンになった途端、フューリーはドラッグやアルコールに関する様々な私生活上の問題と直面することになった。

フューリーがリングに帰ってきたのは2018年だ。そのときのフューリーは以前よりはるかに良いボクサーになっていた。デオンテイ・ワイルダー(米国)と引き分けた後、2020年2月の再戦では勝利し、WBCタイトルを獲得した。昨年10月にはワイルダーと3戦目をノックアウト勝利で飾り、タイトルを防衛した。

復帰する前から現在まで、フューリーは自身のメンタルヘルスについて率直に語ってきた。ソーシャルメディアでもよくそれを話題にする。「ジプシー・キング」の異名で呼ばれるフューリーは、ソーシャルメディアへの投稿や記者会見の場において、若い世代や苦しい状況にある人たちへのメッセージを送り続けている。

フューリー、シモーネ・バイルズ(女子体操競技米国代表選手。東京オリンピックでメンタルヘルスの不調を理由に棄権した)、バロウ、そして他のアスリートたちは自身と他者を癒すことで、多くの人を助けることができるとジャーベイス博士は言った。

「メンタルヘルスは自身を最高バージョンにするための基礎なのです。自分自身の心を整えない限り、どのような未来があるでしょうか。世界中で多くのトップアスリートたちが声を上げ始めています。メンタルヘルスがどれだけ重要なのか、どのようにしてそれを得ようとしているのか、そしてどれだけ助けを必要としているのか、そうしたことです。私は彼らの勇気と賢明さに驚いています。類まれな才能を持ったアスリートたちが自身のコンディションにためにそれが重要だと言っているのです。彼らは今までのように機械のように扱われることも、組織のために自分の心を犠牲にすることも拒否しています」

「私は現在の私たちが進んでいる方向を好ましいと思います。私たちはメンタルのスキルを訓練することができます。そしてアスリートたちは心理学を人々に知らしめてくれます。自身の心の中をもっと知るためには3つの方法があります。瞑想すること、日記をつけること、そして知恵を持った人々と会話することです」

(翻訳:角谷剛)

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Daniel Yanofsky is a combat sports editor at The Sporting News.
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