【ラストダンス回想 Vol.5】スティーブ・カーが悔やんだ“打たなかった”シュート(宮地陽子)

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steve Kerr Michael Jordan Bulls

第4戦で外していたクラッチショット

『マイケル・ジョーダン: ラストダンス』(原題『The Last Dance』)の第9話では、スティーブ・カーの人生や、彼が1997年のNBAファイナル第6戦で決めたシュートが取り上げられていた。シカゴ・ブルズの5回目の優勝を決めるシュートだ。実は、このシュートには『ラストダンス』では描かれていない伏線があった。

その2試合前、ブルズの2勝1敗で迎えた第4戦のこと。第4クォーター残り29秒、ジャズが1点リードという場面で、カーはコーナーから3ポイントショットを打ち、外してしまったのだ。決めていれば逆転し、ブルズの2点リードとなるはずのシュートだった。結局、ブルズは73-78で敗れ、シリーズは2勝2敗のタイとなった。

つまり、第6戦でカーが決めたシュートは、カーにとって、このシリーズの勝敗がかかった場面で打った2度目のクラッチショットだった。1本目は外れ、2本目はしっかり決めた。だから、フィル・ジャクソン・ヘッドコーチは第6戦のカーのシュートについて「名誉挽回のシュートだった」と言い、マイケル・ジョーダンも「スティーブ・カーは、今夜、その価値を見せてくれた」と称賛した。

ジョーダンはこの試合後の会見で、第4戦のシュートを外したカーがひどく落ち込んでいたというエピソードを明かしている。

「スティーブは第4戦で3Pシュートを外してしまい、ずっと自分を責めていたんだ。彼の妻によると、チームの期待に応えられなかったことにとても落ち込んでいたそうだ。8時間ぐらい枕に顔を埋めていたらしい」。

このシリーズのカーは、特に第4戦と第5戦でシュートが不調だった。2試合合計でフィールドゴールを8本打ち、決めたのは1本のみ。3Pシュートにいたっては2試合合計6本打って成功0本だったのだ。

このことを知っていると、第6戦の第4Q残り28秒、同点の場面のタイムアウト中に、ジョーダンがカーに「準備しておけよ」と言ったことの大きさがわかる。第4戦の同じような場面でシュートを外し、その次の試合でもシュートが不調だったカーに対して、ジョーダンは、それでも信頼して最後のシュートを任せると声をかけたのだ。

『ラストダンス』でも、チームメイトに対して厳しい態度を取る場面が多く見られたジョーダンだが、その一方で、チームメイトに対して1本のシュートミスや、数試合の不調で見限ることはなかった。

カーのように、その能力を最大限に発揮するための努力をしていると認めた選手に対しては、特にそうだった。カーに対しては、1995年のトレーニングキャンプで殴り合いの喧嘩をして以来、実力を認めていたようで、『ラストダンス』の中でスコット・バレルにしていたような挑発をすることもなかったという。


「何も考えずに打つことができた」

1997年の優勝が決まってから2週間ほど経った頃に、カーにシーズンを振り返る内容の取材をさせてもらったことがある。当然、優勝を決めるシュートの話にもなり、カーはこう振り返っていた。

「その前の2試合では、ボールを受け取ったときに気が急いてしまっていたのだけれど、この試合では何も考えずにシュートしていて、この場面でも何も考えずに打つことができた」。

「作戦通りのプレイが遂行され、自分の目の前でそれが起こるのを見ていたが、不安な気持ちはなかった。ただ反応するように動いていた。(ジャズのジョン)ストックトンが僕を離れ、空いたスポットに走り、ボールが来てシュートを打った。重要なシュートだという感じもせず、自然な感じで打つことができた。だから決めることができたのだと思う。リラックスしていた」。

カーはシュートを決めたあとも、浮かれすぎないように、と思っていたという。まだ試合は5秒残っていたからだ。

「(前のラウンドの)ヒューストン(ロケッツ)戦でストックトンが決勝3点シュートを決めていたのは知っていたから、まだ祝うには早いと思っていた。チームのみんなが跳び上がり、ハイファイブしようとしていたけれど、僕は『まだ終わっていないよ』と言っていた。最後のプレイでトニー(クーコッチ)がインバウンドパスをはじき、スコッティ(ピッペン)がスティールし、トニーにボールが渡ったときには僕も熱狂してしまった。このとき初めて、僕が決勝シュートを入れたのだということに気づいた」。

ブルズに入って以来、ジョン・パクソンの後継者と言われながら、この試合まで、NBAファイナルの舞台で貢献できていないことにプレッシャーを感じていたカーにとって、選手キャリアのハイライトとなるようなシュートだった。

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「あの場面で、またパスをしていたら寝られなかったと思う」

ところで、ジョーダンが優勝後に「スティーブは8時間ぐらい枕に顔を埋めていたらしい」と言っていた第4戦のシュートだが、確かにカーは決められなかったことに落ち込んではいたものの、部屋で落ち込んでいたのは実際には1~2時間で、その後、忘れるために友達とビールを飲みに出ていたとも明かしてくれた。

「マイケルは僕がずっと顔を枕に埋めていたと思っていたかもしれないけれど、僕はビールを飲んでいたんだ。ファイナルの間のエピソードなんて、こういうものさ。マイケルにはこのことは言っていないけれどね。彼でも日本語は読まないだろうしね」と、日本の読者向けのスクープを明かし、いたずらっ子のように笑った。

実は、カーには第4戦で外したシュートよりも後悔し、反省していたプレイがあった。打たなかったシュートだ。

レギュラーシーズン最終戦の対ニューヨーク・ニックス戦で、残り2秒ほどでパスが回ってきたのに、シュートを打つことを躊躇し、ピッペンにパスを回してしまったのだ。結局、ピッペンのシュートが外れ、試合に敗れた。

「あのときはみんなから、『どうしてシュートしなかったんだ』と責められた。自分でもシュートしなかったことで自分に腹を立てていた。次に同じような状況になったらシュートしようと思っていた。プレイオフの間にこの試合のことをよく思い出していた。試合終盤でシュートが打てる状態だったら今度は打とうと思っていたんだ」。

「だから、あの(第4戦の)シュートは、外したことが原因で寝られないというほど落ち込んではいなかった。あの場面で、またパスをしていたら寝られなかったと思う。世の中の人はみんな、僕があのシュートを外したことに怒っていると思っているわけだけど、でも、あのシュートは、打ったということだけでハッピーだった。これで日本の人だけは真実を知ったというわけだ」。


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スポーツライター/バスケットボールライター
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